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no.117 縦に並んだ3人の顔

自動車事故に遭って鞭打ち症になったAさんは、
仕事もできそうにないので会社を一週間ほど休むことにした。
Aさんは結婚しているが、奥さんは働いていて昼間は一人だった。
最初の数日は気楽だったが、流石に3日目くらいになると暇を持て余してきたが、
それでもどこかへ出かけるには体が辛く、家でじっとしていなければならなかった。

そんなある日のお昼も過ぎた頃、ぼんやりとテレビを見ていると、
上の階の部屋から「ドスンドスン!!」と音がして、子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。
学校が休みなのかと訝しく思ったが、気にもとめなかった。

翌日も昼頃から上階から子供の声が聞こえてきた。
どうやら上の家には子供が2人いるようだ。
Aさんが住んでいるのは、大規模なマンション住宅地だが、昼間は意外とひっそりとしており、
子供達の声は階下のAさんのところにもよく聞こえた。
しかし、うるさく感じることもなく、
むしろ退屈さと団地の気味の悪い静けさを紛らしてくれるのでありがたかった。

そしてまた翌日、暇を持て余し、昼食を作る気も失せたAさんはピザを注文した。
30分ほど経ってやってきたピザは、思ったより量が多く、
Aさんは結局まる一枚残してしまった。
普通なら奥さんのために、とっておくのだが、ふと階上の子供達のことを思い出し、
親切心も手伝ってAさんは、上に持って行ってやることにした。

Aさんは自分家の真上の部屋に誰が住んでいるのか知らなかったが、呼び鈴を押した。
気配を感じたが、応答がない。
もう一度呼び鈴を押した。

「?」

何となく覗き窓から見られているような気がした次の瞬間、
微かに「どなたですか?」という声がドアの向こうからした。
Aさんは、階下の者であること、
ピザが余ったのでもらって欲しいことを話すと、ドアが微かに開いた。
5センチほどの隙間から覗く家の中はやけに暗かった。
その隙間から女性が顔を半分覗かせた。
女性は冷やかに言った。
「ありがとうございます。でもいりません。」

薄暗くて顔の表情がよく見えない。
Aさんは急に自分が場違いなところにいるような気がしてきたが、
もう一度、訳を話し、子供達にあげてくれるよう頼んだ。
ドアの隙間から生温かい空気が流れてきた。嫌な臭いがする。
ふと、女性の方に視線を戻すと、彼女の顔の下に、子供の顔が二つ並んだ。
ドアはほんの僅かに開いたまま。2人の子供の虚ろな目がこっちをじっと見ている。

3人の顔が縦一列に並んでいる。

「じゃあ、そう、いただくわ」

Aさんがドアの隙間にピザの箱を入れると、
すっと真横から手が伸びてきてそれを受け取った。
三つの顔はドアの隙間からAさんを見つめている。

「ありがとう」

微かな声が聞こえた。
Aさんはそそくさと退散した。
正直、気味が悪かった。何かの違和感が頭の片隅にあった。 
子供達の顔が脳裏に焼き付いている。

「(顔・・・)」

背中がゾクゾクと震え出した。

「(顔・・・並んだ・・・)」

足早になる。一刻も早く、あの家から遠ざかりたかった。

「(エレベーターが来ない。並んだ・・・縦に・・・)」

ボタンを何度も押すが、一向に来る気配にない。
非常階段に向かう。酷く頭痛がした。吐き気もする。
非常階段の重い扉を開ける時、Aさんは背中に視線を感じた。
振り向くと、10メートルほど向こうの廊下の角に、3人の顔があった。

ドアの隙間から見た時と同じように、顔を半分だけ出して、虚ろな目でこちらを見つめている。
冷え冷えした真昼のマンションの廊下に射し込む光は、3人の顔を綺麗に照らし出した。 

Aさんは首周りのギブスも構わずに階段を駆け下り出した。
普段は健康のため、
エレベーターを使わず一気に4階まで階段を駆け上がることもあるAさんだが、
地上までが途方もなく長く感じられた。 

「(縦に並んだ顔・・・ありえない・・・身体が・・・ない?)」

「(そして、顔の後ろにあった奇妙なものは?)」

「(頭を支える・・・手?)」

その後、Aさんは近くのコンビ二で警察を呼んでもらった。

警察の大捜査によれば、
Aさんの階上の家では、その家の母親と子供が風呂桶の中から見つかった。
首は鋸で切断されており、亡くなってから3日ほど経っていたそうだ。

その日の内に、夫が指名手配され、やがて同じ建物内で隠れているところを逮捕された。
母親と子供達の首もその男が一緒に持っていた。

男が発見されたのは、彼の家ではなかった。
警官が血痕を辿っていったところ、彼が隠れているのを見つけたのだった。
警察によると、彼はAさんの家の押入れの中に潜んでいたそうだ。