終電間近の地下鉄の駅でのこと。

大学生のAさんは飲み会の帰りで、ほろ酔い加減で電車を待っていた。
あたりには人影はまばらだ。

と、そのときに目の前にいたサラリーマン風の50代くらいの男性がいきなりホームに落ちた。
あがってこようとしているようなのだが、彼もまた酔っているのかなかなかあがれない。

心配したAさんがのぞきこんだところ、そのサラリーマンと一瞬目が合った。
なにか釈然としないものを感じながら、Aさんは手をさしのべて彼を引き上げようとした。

サラリーマンは上目遣いで照れくさいのかニヤニヤしながらAさんの手をつかんだ。




そのときに電車の到着を告げるアナウンスの声が。

慌てたAさんはひきあげようとするが、まるでふざけているかのように
サラリーマンはあがってこようとしない。
このままだとAさんまでもが巻き込まれてしまう。
身の危険を感じたAさんは思わず手を振りほどこうとしたのだが、
手は一層強くつかまれてしまし、むこうは離してくれようともしない。
そのときAさんは気がついたのだ。

こいつはオレを道連れに死のうとしているのか?

その時。

「危ない!」

という声とともに誰かに肩をつかまれて、ホームの上に引き戻された。
ほぼ同時にホームに電車が入ってきて、Aさんは難を逃れることができた。

「危ないところでした。もう少しで落ちるところでしたよ、酔っ払っていたんですか?」

Aさんを助けてくれたのは一人の駅員だった。
まだ驚きで口の利けないAさんにむかって、駅員は更に続けた。

「ここ、柱の影になっていて危ないんですよね・・・ 先月も今くらいの時間に、50歳くらいの
サラリーマンが酔って転落しちゃったんですけれども、誰も気がつかなくってそのまま・・・」

やがて電車が止まり、ドアが開いた。
最終電車だった。
Aさんはそれに乗り込んだが体の振るえがまだとまらなかった。

窓からぼんやり眺めていると、いつのまにか先ほどのサラリーマンがホームに立っており
憎憎しそうにこちらを睨んでいる姿が小さくなっていくのが見えた。