時空のゆがみ

稲荷祭りで平行異次元世界に閉じ込められ14日間も神隠しになっていた話」

近所の稲荷祭りに友達と出かけた。お好み焼きも食べ、今年も夜遅くまで居座って楽しい祭りの余韻に浸っていた。けれど、「さぁ、帰ろう」と言うおいちゃんの声に返事をしたものの、おいちゃんはまるで目の前の私たちが見えていないかのように私たちを探し続けていた――

いまだに不可解な体験をひとつ。

私が中学生の頃、友達と一緒に、近所の稲荷祭りに出かけました。
小さい境内に似合わず、人もたくさんくる賑やかなお祭りで
準備はもちろん、出店もほとんど、近所の人たちでやっているので
少しくらい帰りが遅くなっても大丈夫なので(最後には誰かしら一緒に帰ってくれる人がいる)
私は毎年遅くまで居座っていました。

その年も、夜9時くらいにお祭りが終わり、近所に住む友達と一緒に
後片付けを手伝っていたのですが、最後に、残った生地でお好みを焼いてもらったので
お稲荷様におすそ分けして、友達とお社のまえに設置された椅子に座って、わいわい食べていると
「○○(私)ちゃん○○くん、そろそろ帰るべし、いっしょにあんべ~」と呼ばれました。

はーいと返事したのですが、呼んでくれた近所のおいちゃんは気付かず
私たちの名前を呼び続けていました。


おかしいなと思って、立ちあがって、大きめの声で返事しながら手を振ったのですが
おいちゃんは気づきません。
それどころか、「○○と○○、どこさいったか知らねぇか?」と、他の大人に
聞いていてまわりはじめていました。

こんなに近くにいるのにと思いながら、急いでゴミを袋に入れて
おいちゃんのところへ行こうとしていたら、おばちゃんが
「あれっ、二人して、そこで食べてたけど」って、私たちのほうを指さして言ってました。

えっと思いながら、おいちゃんとおばさんのところに、ここにいるよーって
大声だしながら走っていたのですが、ぜんぜん気づいてくれません。
肩とか叩いているのに、無視されているというかなんというか……

ちょっと怖くなって、一緒にお好み焼き食べてた友達の手をにぎったら
その子は「なんだろう、どうしたんだろうね」と、首をひねっていましたが
そのうち、私たちを探し始めて大騒動になってきました。

私は中一で、友達が高一だったので、送って帰っていったんじゃないかと言いはじめ
私も友達も、頭が????のまま。必死になるべきなのか、からかわれているのか
わからないまま、冗談やめてよーみたいな感じで、大人のまわりを
うろちょろしていました。

でも、境内の脇に、私と友達の自転車がみつかって、カゴに荷物も入っていたことから
なんかおかしいということになり、あれよあれよと大騒ぎになってしまいました。

友達もさすがに、なんかおかしいよコレといって、
いっしょに境内を出て、神社隣の酒屋にあった公衆電話から、友達の自宅に電話をかけました。
(当時は携帯電話が普及しはじめたところで、田舎の高校生では
携帯を持っている人は少なかったのです)

あいにく、友達の両親は留守だったので、私の家に電話をかけました。
母親が出たのでたのですが、私が「もしもしお母さん?」といっても、
「もしもし?もしもし?」と返事がかえってきて、こちらの声が聞こえていないようでした。
しまいにはイタズラと思われたのか、切られてしまいました。

なにがなんだかわからないまま、もう一回かけたのですが、
やっぱり声が届いていないようで、イタズラなら切りますと言われてしまいました。
そのことを友達に話していると、お祭りにいた人達が私たちのところへ向かってきたので
ほっと安心したところ、私たちを素通りして、酒屋の裏手に向かい
「○○さん、電話かしてけでー」といって、入っていってしまいました。

誰に声をかけても気付かれないので、自転車にのって帰ることにしました。
左手にずらっと田んぼがあり、右手に畑が連なっている道で
お祭り帰りの高校生もいて、声をかけたのですがやっぱり気付かれず。

なんともいえない気分で、無言のまま、二人で自転車こいでいると
「ちょっとまって」と、友達がいきなり自転車をとめて
「自転車おいて、歩いていこう」というので、その通りにしました。

自転車のライトが消えて、当然真っ暗になったのですが、友達が
「そのキーホルダー、かごに入れて」というので、私のバックについていた
光蓄するキーホルダーをとって、自転車のかごに入れました。

頭が働かなくて、言われるがまま自転車を乗り捨て、友達に手をひかれて、
右手の畑を通って、トウモロコシ畑に入りました。

「しゃがんで、あれ見て」

と友達がいう通り、さきほど通っていた道を見たら
点々とある街灯のあかりの下を、祭り帰りの人も通ってゆくのですが
黒い影とも、白い影とも、透明ともいえない……表現しにくいのですが
なにか人影のようなものも通り過ぎていくのです。

蜃気楼じゃないよねとか言っていたのですが
「あれにライトあたったとき、顔みえた」と友達が言ったのを聞いて
ゾッとしたのを覚えています。
そのうえ、私たちの後ろをついてくる同じ影がいて、
わざと普段通らない道を通ったりしてきたそうなのですが、やっぱりついてくるので
試しにライト消して隠れてみた、みたいな説明をしてくれたのですが
これからどうしたらいいのかわからず、しばらく畑で座ってました。

15分くらいすると、警察のパトカーが道を通りすぎ
もしかして私たち通報されたんじゃないみたいな話をしていたときでした
友達が私の手をにぎったので、ただ事じゃないと思って黙ったら
畑の向こうから、影みたいなのが数体、こちらの畑に入ってきたんです。

腰を低くして早足でトウモロコシ畑を抜け、川の土手を這うようにして走りました。
それから、どん詰まりにある自宅には向かわず、明るくて、ここよりは人の多い
24時間やってるスーパーへ行こうということになり、後ろを振り向かないで
ひたすら走りました。

そして、スーパーの公衆電話から、もう一度家に電話をかけたのですが
「もしもし?○○(私)なの?○○でしょ?どこにいるの?もしもし?」と
母親が出て、パニックしていました。
呼びかけても声が通じないので
こちらから電話を切って、スーパーの人に声をかけたのですが、
やっぱり無視されるのです。
仕方がないので、飲み物と食べ物を少しとって
多めのお金をレジに置いて(でも、店員さんがそれに気づく気配はなかった)

それから3日、自宅に行ったり、警察に行ったり、神社行ったり
影みたいなのから逃げながら、ひたすら隠れて逃げてしていました。
友達と話し合って、次に影が来たら、逃げずに話そう(?)と決めて
一睡もしてなくて、眠くて眠くて、行きがかりの橋の下で座って寝ていたら、
友達に肩をゆすられて目が覚めました。

警官がこちらに向かってくるので、友達はちょっと警戒していました。
でも、警官のほうから、こちらに声をかけているので、ようやく会話ができる人が
現れたと思って泣いてしまいました。

そのまま保護され、家出ということで処理されました。

私たちは祭りの含めて、3日くらいしか家をあけていないのに
14日も行方不明ということになっていました。
乗り捨てられた自転車も、私たちがスーパーで買い物した形跡もみつかり
(置き去りのお金と、食べた袋)
スーパーの事務所に入って電話した記録も残っていました。
そのとき、警備員がいたはずなのに、どうやって忍び込んだ?みたいに言われ
私たちも説明のしようがなくて、すごく納得いかない体験でした。

話を聞いてくれてありがとうございます。
誰に話しても信じてくれないだろうし、友達はあの時の話をしたがらないので…
ずっと悶々していましたが、オカルト板ならと思い、書いてみたらスッキリしました。

あのとき友達がいてくれて、本当によかったです。
自分一人だったら、たぶん自転車吹っ飛ばして家に戻って
布団かぶってブルブルしてただけでした。
私は、あの影みたいなやつよりも、誰に声をかけても空気状態になっている
自分たちが怖かったので、友達の存在がすごくありがたかったです。

自分が幽霊になっているとか、魂だけになっているような感覚はありませんでした。
相手を触れば、さわった感覚もありますし、服をひっぱれば
服のしわができるのです。でも相手はぜんぜん気にしてないふうでした。

紙に字を書いて、というのも、実はやったのです。
紙もペンも、レジ脇にあったものをつかったのに、ぜんぜん気づいてくれません。
お金を置く時にも、店員さんが、腰の後ろで手を組んでいたので
その手に置いたり、手をひろげさせて、強引ににぎらせたりしたのですが
店員さんは、後ろで手を組んでたときのまま、暇そうにしてました。
手からお金が落ちても、気付かないんです。

事務所の公衆電話を借りたときも、中に入って、警備員さんに
電話借りますって言ったときも気付かれず
テレビを見ていたので、消してみたのですが、ずっとテレビ見て
にやにやしたり、お茶すすったりしてるだけなのです。
テレビは確かに消えていたのですが。

予定表がついた黒板があって、私と友達の名前と日付と
これから警察所に行って、ダメなら自宅に戻ることをメモして帰りました。
警察署や家でもメモしてゆきました。
川にいることがわかったのも、そのメモのおかげでした。

メモを気付いてもらえたのは、日にちがばらっバラで、
最初にスーパーに書いたはずの黒板メモが、私たちが見つかってから発見されたので
イタズラするなと怒られました。(もちろん、わざわざ行って書いたりしてません)

最後に自宅に残したはずのメモは、追いかけられてる、川のほうへ逃げるというものですが
私たちがいなくなって4日目に発見されました。
その時からたびたび川をパトロールしに来てくれていたみたいです。