時空のゆがみ

「岩になってこの世から消えてしまった友達」

二桁しかいない小さな小学校で一緒だった友達。一緒によく遊んだその友達は、ある日突然この世から消えてしまった。いや、正確に言うならば「岩」になってしまったのだ―― 

ワイがまだ純粋で幼い頃の話。

この話はおそらく、ホラーに類すると思う。
場違いな、或いは勘違いな回顧録ではあるが、耳を傾けてくれると望外だ。

春か夏、まだ草木が青青と茂っていた季節、ワイと友人は小学校で遊んでいた。
二桁の生徒を擁するとても小さな小学校で、校舎の後ろには山と森が鎮座する。

休日の昼下がり、太陽と木々がおりなす木陰の中で、図工の時間に作った自然のアスレチック、ひみつきちで遊んでいた。
ブルーシートに座って漫画を読んだり、蔓でできたブランコに揺られたり、木登りをしたり、遊ぶのには事欠かなく、夢中になってはしゃいだ。

木の上に登り、ふと気づくと友人が見当たらない。

声を掛けても応えが返ってこない。
まさか帰ったのか?なんて不安に駆られながら辺りを見渡す。
何処にも友人の姿はない。


木をおりて林を抜けるとまだ自転車は二つ並んでそこにあった。
ワイと友人の自転車だ。
ひみつきちへと戻り少し考える。
とりあえず奥にある学校の畑へと足を運ぶと、友人はそこにいた。

ただ少し奇妙なことをしていた。

隅で丸まっていた。
足を折り土下座をするようなポーズで頭を抱えて地面に突っ伏していた。

とりあえず姿を捉えて安堵し、声をかけて近づいたが全く反応がない。
息を圧し殺して、突っ伏している。

すぐそばに立ち声をかける。

相変わらず全く反応がない。
具合が悪いのか、ふざけているのか、推しはかりようがない。
しゃがんで身体を揺さぶる。まるで岩のような重い手応えを感じると、それは友人ではなく、

岩になっていた。

黄色い服を着て丸まっていた友人は、岩になってしまった。

あまりに衝撃的な出来事に不意打ちを食らったように暫し混乱し、ふとその岩から目を上げると、周りの林が急に恐ろしくなった。その場所がこの世とは思えない恐怖を帯び始めた。

そこから一心に逃げ出した。

坂を下りて自転車へ跨る。
友人の自転車はまだそこへ佇んでいた。
道路へ出ると少しの安堵と焦燥感とえも云われぬ恐怖が襲ってきた。
混乱する頭を必死で落ち着け、とりあえず友人宅へと向かった。

友人宅の玄関先に自転車を停め、玄関を開ける。
そこは見慣れた自宅だった。
横になってテレビを見る父がこちらを見た。
もう帰ってきたのか、と声をかけ、またテレビの方へ視線を戻した。

夢でも見ているかのような出来事に、強烈な眠気が襲ってきた。
もう眠くて仕方がなかった。
自分の部屋へ行き、布団を敷き、眠ってしまった。

友人の家へ向かったはずだった。
確かに友人の家だ。
玄関の引き戸に手をかけるまではそう思っていた。
そこが友人の家であって、自分の家ではないと。
しかし玄関は、ごく自然に自分の家の玄関であったし、中も、家族も、自分のよく知るものだった。
なんの違和感もなく自分が生きてきた空間だった。

断片的な記憶だが、なんの矛盾もなしに、友人の家を目指したはずの自分が、我が家へと辿り着いていた。

起きたのはちょうど夕食の時間だった。
兄も祖母も戻っていた。
気分はすこぶる悪かったが夕食を共にし、翌日の学校に備え、早々に床へ着いた。

翌日は、当たり前のように登校し、授業をうけた。
友人の自転車は無くなっていた。
その日からは友人がいないのが当たり前の日常だった。

同級生は自分を含めた男子3人女子2人。
なんの違和感もない。
現在に至るまでずっとこの5人だ。
同級生の兄弟にも友人のような者はいない。
戻った日常に、元々友人はいなかったのだ。

ただ、友人が石になる日までは間違いなく友人は友人だったし、よく知っていた。
今となっては友人の顔もはっきりとは思い出せないし、友人がいる学校の様子も全く思い浮かべることができない。

あれは本当に勘違いだったのか。
悪い夢、或いは勝手にでっち上げられた偽りの記憶なのか。
最近の話になるが、その答えを求めるべく、休暇をとり、実家へと帰った。

あの日から、いやあの日までもずっと過ごした実家だ。
朝早くに家を出たため実家に着いたのは昼頃だった。
祖母が昼食を食べ終えこれから畑へ出かけるところだった。
他愛もない話をしてその姿を見送った後、自分は件の小学校へと向かった。
自分の卒業と共に廃校になり、今は相応に荒れている母校へ。

うさぎ小屋に併設された小屋からスコップを取り出した。
あの頃より少し小さく感じ、ノスタルジーにかられる。

意を決して畑へと向かう。
あの日以降も幾度となく耕した畑だ。
好き放題に荒れてはいたが、畑の隅に、当たり前のように、岩があった。
丸まった友人のように佇む岩。
この歳になってもあの日のことを思い出すと少し血が冷たくなる。

近づいて足で岩を押すが、やはりずしりと重い。
辺りをスコップで掘り返す。
岩を支える土がなくなり、足で押すと岩はごろりとその重い腰をあげ、鈍く転がった。
岩の下の土を掘ると、そこには土にまみれた黄色い布があった。
あの日の丸まった友人の姿を思い起こさせる。

なんとも言えない気分でその場を引き上げた。
荒れた校庭と朽ちた校舎は、それこそとてもあの時代を過ごしたのと同じ場所だとは思えなかった。
実家に戻り、書き置きを残して、勝手に少しの野菜を手土産に持って、家を出た。
今の自宅へ戻る道中、車の中ではあまり深い事を考えないように、普段は聞かない音楽を大きめに流した。

そして数日後の今に至るわけだ。

相変わらずあの日がなんだったのかはわからない。
真相は闇の中、煮え切らない気持ちは今なお姿を残す。

ただ一つ分かったことがある。
どうでもいいことだ。
それが分かったところでこの闇がいくらか晴れるわけでもない。
むしろまた一つ絵の具の色を混ぜたように、混沌とするだけだ。

ワイの不思議な体験。
少しでも暇つぶしになったなら、わざわざこんなに書いた甲斐もある。

以上や。