時空のゆがみ

「関東一円の狐が集まる神社で狐像だらけの空間に迷い込んだ」

関東中の狐が集まりお参りすると言われる不思議な神社が王子駅近くに存在する。ある日、名所を見て回っていた俺は、気まぐれにこの神社をのぞいてみることにしたのだが――

JR王子駅付近に『王子稲荷』という神社がある。

かつては「大晦日の夜に関東一円の狐が集まり、行列を作ってお参りする」
などと言う伝説があり、歌川広重『名所江戸百景』にもそれを題材とした絵がある。

現在では社殿が斜面の中腹にあり、下は幼稚園、上は小学校に挟まれた横長の敷地で、
正門はその幼稚園を横切るようになっているため使用できず、脇門から入るしかない。
というなんとも可哀相な状態になっている。

それで、今から3年と半年ぐらい前の話。
当時、王子在勤で、仕事帰りに会社の近所にある名所を見物して回っていた俺は、
ある日、この王子稲荷に寄ってみた。


専門学校らしいビルが立ち並ぶ坂の途中にある脇門から境内に入る。
幅10㍍ぐらいの土道の両側に白い旗が並び、その奥は深い竹林。
道幅はかなり広いものの、ものすごく歩きにくい。
なぜなら、土道の至る所に高さ1㍍から1㍍半ぐらいの石の台座に乗った
大小無数の狐の像が立っていたからだ。

配置する間隔や人の通行をまったく考えずにばら撒かれたような像の乱立は
神秘的な光景だったが、それを通り越して不気味とさえ思えた。
その狐の像を縫うようにして30㍍ほど進んだ先に大きな社殿があったので、とりあえず一礼した。

この時点で境内の雰囲気に完全に飲まれていた(というかビビッていた)俺は、
不意に頭上でバタバタと飛び交い始めたカラスの羽音に恐慌をきたし、
情けなくも全速力でそこから立ち去った……

で、王子稲荷に行ったことのある人ならこの話のおかしい所が分かるはずだ。

そう、境内の様子が何もかも違う。
土道の幅はせいぜい5㍍しかないし、旗も竹林もない。
脇門を入った左手には申し訳程度に竹が植えられ、すぐに崖面になっている。
右手は今は使われていない資料館だ。
そして、乱立する狐像などあるはずもなく、門のところに1対あるだけ。
ついでに言えば社殿も大きくない。
数週間後にもう一度訪れて、あまりのギャップに愕然とした。

今から思えば、空が見えないのに昼間のような明るさがあって、
物ははっきり見えるのにどこか周囲に霧がかかっているような感じで、
外の物音が一切聞こえない。
あの時は明らかに何かがおかしかった。

4月の半ばの午後5時半から6時頃、日暮れ前後の微妙なタイミングで
『何処か』に入り込んでしまったのかもしれない、と今ではそう思っている。

もちろんその後は何度行っても普通の境内のままだ。