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ご存じの方も多いでしょう、有名な心霊スポット『八柱霊園』。
様々な体験談が語られる事の多い場所ですが、実はオカルト的な意味では八柱霊園は安全な墓地の部類に入ります。
そもそも危険な墓場というのは、例えば無縁仏の墓であったり、管理人不在の整備されていない墓が殆どなのです。
八柱霊園はそのアクセスのしやすさ、歩きやすさ、程よい郊外の静寂感と相まって、有名になったのでしょう。
しかして、本当に怖い心霊スポットというのはあまり有名にならない場所にこそあるものなのです。

その一つ、某所にある『首塚』。
その存在自体は割と有名で、建立したのは後の江戸城主・太田道灌。
文明十年、1478年に起きた千葉孝胤との酒井根合戦の跡で、道灌は敵味方関係なく氏体を丁重に葬ったと言われている。

さて……これから語るのは私の実体験ですが、私自身霊との遭遇は度々あるので恐怖感は薄いかもしれません。
予めご了承くださいませ。





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私は知り合いの家を訪ねており、その首塚の近くを通った。
太田道灌の手厚い葬儀のおかげで、首塚の辺りにうろつく霊は気性も穏やかだ。
しかし、ふとある道路に入った途端、寒気がした……どうやらはぐれ者の霊がいるらしい。
私はその日、その道の近くにある知り合いの家に泊まる予定だったので、しばらく道を観察する事にした。

夜になると、たしかに数体ほど、新しめの魂魄(何故そう断言できるのかといわれると曖昧だが…)が漂っている。
しかし暫く観察していると、首塚の方面から鈴の音が聞こえてくる。
音に導かれるように、霊たちは首塚の方へと向かったのだが…

突然、金属音のような鋭く不快な音が響いたかと思うと、霊たちが身を翻し逃げてゆく。
私はその様子が気になり、翌朝、知り合いと共に詳しく調べてみる事にした。



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その知り合いもまた霊感のある人物で、時折見かける『霊が逃げる』光景には彼女も疑問を持っていたという。
そこで、彼女と共に私は首塚のある敷地の管理人(警備員経由なので時間は要したが)に事情を話した。
管理人の方が言うには、鈴の音というのは度々聞かれるが、金属音と霊が逃げるという光景には出くわした事がないという。

管理人の方は偶然にも居合を心得た方であった。
件の金属音はどうやら刀を擦り合わせる、即ち『鎬を削る』音が近いらしい。
……ここからは私の推測に過ぎないが、彼女と共にある仮説を打ちたてた。

太田道灌は埋葬の際、敵味方なく一緒に葬ったという。
もしかしたら、武者の霊たちは未だ争っているのではないか。
気性が穏やかであるのは対外的なモノで、実際には『浮遊霊も逃げ出す程』禍々しい怨念が未だ残っているのではないか。

これを解明すべく、私は彼女の家にもう一泊し、そして今度は道のすぐ脇で観察した。



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鈴の音は聞こえてきた。そして、金属音。
私たちは首塚のある方を双眼鏡で見遣り、観察する。

霊は見えた。しかしそれは異様な光景であった。
錆びついたような色合いの日本刀が数本、刃を下に向け、円を描いて宙を舞っている。
漫画『BLEACH』の殲景・千本桜景巌の光景を思い浮かべてもらえればわかりやすいかもしれない。
その中央にあるのは、小さなお堂であった。
首塚ではない事に驚きつつも、私と彼女はもう暫く観察を続けた。

その時、昨日のものとは違う浮遊霊が一体、その近くを通りかかった。
すると、刀はその例の方に鋩を向ける。霊は慌てて逃げ出す。
夜毎現れるその刀の群れは、その小さなお堂を敵対者から守っているように、少なくとも私と彼女の目には映ったのである。



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翌朝、管理人の方にお堂の件を話すと、その方は神妙な表情で語ってくれた。
そのお堂は首塚と対を為す『刀塚』の跡で、合戦で殉じた者の武具を纏めて祀ってあるという。
実は管理人の方もその正体に気付いていたらしい。
あの刀の群れは、『付喪神に憑かれた刀が持ち主を喪った為に、拾ってもらうのを待ち続けている』ものなのだそうだ。
刀たちを意識的に見た者は付喪神に試されるらしいとのこと。
だから、金輪際あの浮遊する刀を見かけても絶対に気にかけてはいけないとも念を押された我々であった。

八百万の神とはいうが、成程悲惨な運命を辿るのは人魂だけではないようだ。
しかし、もし仮に私たちがあの様子を観察している事が刀の付喪神たちに悟られてしまっていたら。
もしかしたら、私たちも危なかったのかもしれない。

人間の霊より動物霊の方が恐ろしいのは言葉が通じないからだという。
そういう意味では、物体の霊、付喪神の残留思念などは最たる危険なモノなのだろう。
皆さまも、そういったモノにはお近づきにならないよう……。






引用: 【百物語も】短編怪談大募集!【話が進む】