1
喪黒「私の名は喪黒福造、人呼んで笑ゥせぇるすまん」

喪黒「ただのセールスマンじゃございません」

喪黒「私の取り扱う品物は心……人間のココロでございます」


喪黒「この世は老いも若きも男も女も、心の寂しい人ばかり」

喪黒「そんな皆さんの心のスキマをお埋めいたします」

喪黒「いいえ、お金は一銭も頂きません」

喪黒「お客様が満足されたら、それがなによりの報酬でございます」

喪黒「さて、今日のお客様は……」


【一式 高志(22) 大学生】



オーッホッホッホッホ……



3
― スターパックス ―

高志「……」カタカタ

高志(よーし、もう少しでレポートが出来上がるぞ……)カタカタッターン


客A「ギャハハハハハッ」

客B「アハハハハッ」

客A「マジウケルワー」

客B「ダベー?」


高志(ったく、うるさいなぁ……集中できやしない)



6
客C「ゲ、満席だぜ」

客D「ウッソー! ありえなーい!」

客C「つか、コーヒー飲む場所なのにパソコンやってる奴多すぎだろ。パソコン教室かよ」

客D「ああいうのがいるから、すぐ満席になっちゃうんだよねー」



高志(ふん、なんとでもいえ。こういうのは早い者勝ちなんだよ)



11
喪黒「おやおや、カフェでノートパソコンを開いてらっしゃるのですか」

高志「うわっ!?」ビクッ

喪黒「レポートを書かれてらっしゃるのですか? お若いのに感心ですなぁ」

高志「ど、どうも」

喪黒「……」ゴキュゴキュゴキュ

喪黒「ぷはーっ、ごちそうさま」

喪黒「では失礼」スタスタ

高志「なんだったんだ、あの人……」



13
高志「……」カタカタ


ワイワイ… ガヤガヤ…


高志「うーん……」

高志(さっきの変なおっさんにペースを乱されて、すっかり集中力が切れてしまった)

高志(入店してからそろそろ5時間になるし、今日はもう帰ろう)ガタッ



14
次の日――

― スターパックス ―

高志「――!」

高志「……」キョロキョロ

高志(くそっ、席が全部埋まってやがる!)

高志(ったく、どいつもこいつも……。コーヒー一杯だけ頼んで居座る奴が多すぎなんだよ!)

高志(あそこにいるおばさん連中、井戸端会議ならよそでもできるだろ!)

高志(あっちにいるサラリーマンも、商談ならもっとちゃんとしたとこでやれ!)

高志(小説読んでる奴もいる……小説なんか図書館で読むべきだろ!)

高志(空きそうにないな……。仕方ない……出よう)



16
高志(あーあ、家だとイマイチ集中できないんだよな、どうしよう)

喪黒「こんにちは」ヌッ

高志「うわわっ!?」

喪黒「昨日もお会いしましたね」

高志「な、なんですか……? 俺になんか用ですか?」

喪黒「私、こういう者です」スッ

高志「喪黒福造……ココロのスキマをお埋めします……?」

喪黒「はい、私はココロのスキマを埋めるボランティアをしております」

喪黒「ここではなんですし、あちらの公園で少しお話を聞かせていただけませんか」

高志「はぁ……」



17
― 公園 ―

喪黒「なるほど、あちらのスターパックスが満席だったんですか」

高志「そうなんです」

高志「明日までに仕上げないといけないレポートがあるのに……どうすりゃいいのか……」

喪黒「しかし、妙な話ですな」

喪黒「スターパックスが満席だったのなら、ご自宅でやればよろしいのでは?」

高志「それが……家だとどうも集中できなくて」

喪黒「たしかに、スターパックスに限らずカフェで勉強や仕事をしている方はよく見ますなぁ」

喪黒「カフェというある種特別な空間には、人間の集中力を研ぎ澄ませる力があるのかもしれませんねぇ」

高志「ええ、なぜかカフェだと集中できるんですよね」

高志「でも、今日みたいに満席になってることも多いですし」

高志「近頃はうるさい客も多くて……」

高志「それに毎日通うと、コーヒー代も結構バカにならないし、どうすればいいのか……」



18
喪黒「よろしい」

高志「え?」

喪黒「ならばこの私が、あなたにうってつけのカフェをご紹介しましょう」

高志「ホ、ホントですか!?」

高志「でも、あんまり遠くに行くのは――」

喪黒「いえいえ、ここから歩いて五分もかかりません。さ、どうぞ」



19
喪黒「ここです」

高志「≪カフェ・カクレッガー≫……」

高志「こんなところにカフェがあったなんて……」

喪黒「名前の通り、知る人ぞ知る名店ですからな」

喪黒「さ、一式さん、入りましょう」ガチャッ

高志「は、はい」



20
― カフェ・カクレッガー ―

高志(おお、外からの印象に比べ、中は結構広い!)

高志(流れてる音楽も落ち着いてるし、空いてるし……本当に隠れ家って感じだ)

主人「いらっしゃいませ」

ウェイトレス「いらっしゃいませ」

高志「あ、どうも……はじめまして」

喪黒「お二人はご夫婦でしてね。二人でこの店を切り盛りしてらっしゃるのですよ」

高志「へえ~」

ウェイトレス「お好きなお席へどうぞ」



22
高志(たしかに雰囲気はそこらのチェーン店よりずっといい……)

高志(でも、こういうところってパソコンで作業なんてできないんじゃ……?)

高志「あれ、どの席にもコンセントがある」

喪黒「そうなんです。この店はノートパソコン等の持ち込みは大歓迎のお店でしてね」

喪黒「Wi-Fiも完備しておりますよ」

高志「へえ~、すごいや!」



23
ウェイトレス「こちら、当店のメニュー表です」

高志(これだけの店だ……きっとコーヒー一杯500円以上は……)

高志「――安い!」

高志「どれもこれも、ものすごく安いですよ! そこらの店の半分……いやそれ以下だ!」

高志「こんなんで採算取れるんですか?」

喪黒「こちらのご主人は元々コーヒー会社に勤めておりまして、脱サラしたんです」

喪黒「そのツテを使ってるので、こんなに安くコーヒーを出すことができるんですよ」

高志「なるほどなぁ……」



25
高志「……」ゴクッ

高志「味も素晴らしいや! 本格的な味だ!」

喪黒「ホッホッホ、そうですかそうですか」

喪黒「では私は席を移りましょう」

喪黒「思う存分パソコンで作業なさって下さい」

高志「はい! ここでなら教授を唸らせるようなレポートが書けると思いますよ!」



28
高志「……」カタカタ

高志(余計な雑音もないし、雰囲気もいいし、ものすごく集中できる!)

高志(よーっし、一気に仕上げるぞぉ!)

高志「……」カタカタカタカタ…



…………

……



29
高志「レポート終わったぁーっ!」

喪黒「よかったですなぁ」

高志「喪黒さん、こんないいカフェを教えて下さってありがとうございます!」

高志「こんなに集中できたのは生まれて初めてかもしれません!」

喪黒「ホッホッホ、気に入っていただけて何よりです」

喪黒「ただしご忠告しておきます」

喪黒「せっかくこんないい店を教えて差し上げたのです」

喪黒「これからは決して他のカフェでパソコンなどしないと約束して下さい」

高志「もちろん! こんないい店知っちゃったら、もうチェーン店なんかには戻れませんよ!」



31
それから毎日――

高志「こんにちはー、また来ちゃいました!」

主人「いらっしゃいませ」

ウェイトレス「いらっしゃいませ!」

高志「コーヒーください」

高志「よーし、頑張るぞぉっ!」カタカタ



カタカタカタカタ… カタカタカタカタ…



35
― 大学 ―

学生A「一式、こないだの発表すごかったぜ」

学生B「教授もベタ褒めしてたもんなぁ~。これなら卒論だって余裕だろ」

高志「どうもありがとう」

学生A「だけどよー、いい加減そろそろ就活始めないとヤバイんじゃねえか?」

学生A「いくら教授ウケがよくっても、卒業後無職じゃ意味ないぜ」

学生B「大学なんて、しょせんいい企業に入るための通過点だしな」

ハハハハ… アハハハハ…

高志「……」



37
……

― カフェ・カクレッガー ―

高志「……」カタカタ…

ウェイトレス「毎日毎日、よく頑張ってるわね」

高志「ええ、俺は経営学部なんですけど、教授がやたらレポート出させる人で……」

高志「もう4年生だってのに……参っちゃいますよ」

主人「ところで、卒業後の進路はもう決まってるのかね?」

高志「いえ、実はまだなんです」

高志「周囲はみんな、やれ就職活動だ大企業だと大騒ぎしてるんですが」

高志「企業の歯車になるってのも、なーんか俺のガラじゃないっていうか……」

主人「ふむ、ならば……」



39
主人「うちの店を手伝ってみる気はないかね?」

高志「え……?」

主人「君のような立派な若者に手伝ってもらったら、うちとしても助かる」

ウェイトレス「ええ、あなたなら信頼できるし……」

高志(確かに……俺は将来的には自分で何かしらの店を経営したいと思ってるし)

高志(このカフェで経営のノウハウを学ぶってのも悪くないかもしれないな)

高志「ぜひ検討させて下さい!」

主人「じっくり考えてくれたまえよ」



40
高志(いやー、あそこまで自分ってものを評価してもらえると、気分いいもんだな)

高志(教授からの評判も上々だし、これもあのカフェさまさまだ)

高志(だけど、ちょっと物足りない感じもするんだよなぁ……)

高志(カフェ・カクレッガーはあまりにも理想的すぎるっていうか……模範的すぎるっていうか……)

高志(やかましいのが苦手で田舎暮らしを始めた人が、しばらくすると都会が恋しくなるっていうけど)

高志(今の俺もちょうどああいう心境かもしれないな)



41
高志「――っと、フラフラしてたらいつの間にかスターパックスの前に来てた」


ワイワイ… ガヤガヤ…


高志(相変わらず混んでて、うるさい客がいっぱいいるけど……)

高志「……」ゴクリ…

高志「久しぶりに入ってみよう」ガチャッ



43
― スターパックス ―

ワイワイ… ガヤガヤ…

ワハハハハハッ! ギャハハハハハッ!



高志「……」カタカタ

高志(これこれ! これだよ! 隠れ家では決して味わえないこの感覚!)

高志(この雑踏雑音の中で、ノートパソコンに向かい合うこの感覚がたまらないんだ!)

高志(まるで自分が特別な存在になったようなこの感覚がたまらないんだ!)

高志(いや、俺は紛れもなく特別な存在なんだ!)カタカタッターン



46
高志「ふんふ~ん」カタカタ…

「コーヒーをお持ちしました」

高志「あ、どうも」

高志(ってあれ? 俺はもうコーヒー飲んでるのに……)

「一式さん、あなた約束を破りましたね」

高志「!?」

高志「こ、この声は――」



48
高志「喪黒さん!」

喪黒「一式さん、私があんなにいい店を紹介したのに、どうして約束を破ってしまったのですか」

高志「約束……? ああ、他のカフェでパソコンするなとかいうアレ?」

高志「人がどこのカフェに行こうと個人の自由でしょうが! あんなの守る方がどうかしてる!」

喪黒「しかし、あなたに裏切られたあのご夫婦はきっと深く傷ついたと思いますよぉ~」

高志「裏切るって……たかが一回スタパに来たぐらいで大げさな……」

喪黒「なるほど、裏切ってはおられないと」

高志「は……はい」

喪黒「ならば、それを身を以って示していただきましょう」


喪黒「ドーン!!!」





高志「うわあああああああっ……!!! ぁぁぁぁぁ……!」



49
……

…………



― カフェ・カクレッガー ―

高志「さて、今日もここでパソコンやるか」

高志「お邪魔しまーす」ガチャッ



50
主人「……」

ウェイトレス「……」

高志「いつものコーヒーください」

ウェイトレス「……どうぞ」スッ

高志「……」ゴクッ

高志「いやーここのコーヒーは相変わらずおいしいですね!」

高志「……ん?」グラッ

高志(なんだ……? コーヒー飲んだとたんに急に眠気が……!?)

…………

……



52
……

高志「……んん……」

高志「!?」ハッ

高志(なんだこりゃ!? イスに体が縛り付けられてる!?)ガチャガチャ

主人「やぁ」

高志「あんたは……カフェの主人! ここはどこだ!?」ガチャガチャ

ウェイトレス「ここは≪カフェ・カクレッガー≫の地下室よ」

高志「地下室……!?」

高志「ふざけんなっ! こんなことしてっ! ――誰かっ! 誰かぁっ!」

主人「防音仕様だから、いくら叫んでも外に漏れることはないよ」

高志「なんで……!? なんでこんなことを!?」



53
主人「君はパソコンが得意なんだろう?」

主人「私たちももう年だ。どうしても君という人手が欲しくてねえ……」

ウェイトレス「とりあえず、今までのうちの売上データをまとめてもらおうかしら」

ウェイトレス「それから、パソコンでチラシを作ってもらって」

ウェイトレス「あと……やっぱりうちって経営が苦しいのよ」

ウェイトレス「経営学部の視点から、これからうちがどうすべきかレポートでまとめてもらえる?」

主人「ネット接続はさせられないが、ノートパソコンはこの通り用意した」

主人「指は動かせるようにしてあるから、どうか頑張ってくれたまえ」

高志「あ、あ、あ、あ、あ……」

夫婦「モ、ウ、ニ、ガ、サ、ナ、イ、ヨ」



あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!



55
喪黒「これで一式さんはこれから思う存分、カフェでノートパソコンに向き合うことができますなぁ」

喪黒「しかもご自身の学んだ経営学も生かせる……まさに天職といえるでしょう」

喪黒「しかし、あの隠れ家的名店に、まさか本当に隠れている地下室があろうとは……」

喪黒「わたくし、ちぃーっとも知りませんでした」

喪黒「オ~ッホッホッホッホッホ……」







おわり



54
面白かった!


36
再現度が高くて笑う


56

雰囲気出てて良かった


59

よかった





引用: 喪黒福造「カフェでノートパソコンを開いてらっしゃるのですか。お若いのに感心ですなぁ」