泣ける霊体験 おうまがロゴ

泣ける霊体験『お姉ちゃんが大好き』『私はシロを見捨てたのに…』『水子がくれた光の玉』


『お姉ちゃんが大好き』

妹を病気で亡くしました。
八つ年下であんまり共通の話題もなく、
また元の性格が人を茶化してばかりの揚げ足取りな私は
決して良い姉ではなかったと思います。

妹が倒れた時、私はたまたま旅行に出ていました。
明け方本人から電話が入り、異常に興奮したその様子に不安を覚え
予定を切り上げて帰ってきた時には、
妹はもう元の妹ではありませんでした。

理知的で常識人だった筈の彼女の脳にウィルスが侵入し、
妹はもう妹ではありませんでした。

大声で笑い叫び、隣の病室の人に怒鳴られたりして
世話をする私も母も段々疲れ、
お互い言葉にはしなかったけど気持ちのどこかで
もうもしかしたらこの子長くないかもしれないと思い始めていました。

そして想像通り、たった一ヶ月少しの闘病の後、彼女は亡くなりました。
12月のよく晴れた朝でした。


両親の方が随分参ってしまったので、
私は自分がダメになってはいけないと思い、
通夜の時も葬儀の時も冗談など言いながら働いていました。
妹は私をやっぱり冷たい姉だと思っているだろうなと思いながら。

やがて3週間ほど過ぎ、クリスマスの頃になると
ようやく家族も少し落ち着いて来ました
(元々の覚悟もどこかにあったので)。

そしてイブの夜、夕食を作っているとポケットの中で携帯が鳴りました。
その日は朝から私の妹が亡くなったことを知らない知人から
クリスマスメールが何回か入っていたので、
そうかなと思って携帯を取り出すと
やはりメールの着信でしたが知らない番号だったので
開いてみるとやはり内容は「メリークリスマス~」という感じでした。
火を使っていたので、特に詳しく読まず保存してまたポケットに戻しました。

そして夕食が終わって携帯を出してみると、
そこには何のメッセージもないのです。
使い慣れた携帯なのに、
メールの保存ミスなんてしたことないのに。

嘘ではないです。
もしかしたら携帯の調子が悪かったのかもしれないです。
でも、斜め読みしたメールの中に何度も
「love!love!」と書いてあったのがどうしても忘れられません。

実は妹は様子のおかしくなる前の晩、
私に手紙を書いてくれていました。
すでにウィルスが入っていたので、
破ったカレンダーの裏にマジックで 書き散らしたその手紙は
字も内容もめちゃくちゃで、でも何回も
「お姉ちゃんが大好き、早く帰って」と書いてありました。

母に聞いたら何日間かずっと具合が悪かった間
留守の私のベッドで寝ていたそうです。
本当に、どうしてもっと耶蘇しくしなかったのか、
いろんな話をしなかったのか、後悔ばかりしています。

ここを見ている方、親だけじゃない、
身近な人みんないつ居なくなるか分からないです。
大切に愛して下さい。

ばかな姉の戯言でした。
長くてごめんなさい。


『私はシロを見捨てたのに…』

昔ノラ犬を拾って飼ってました。
真っ白なメス犬で、「シロ」。
夜、母に「ゴミを捨ててきて」と言われて自転車の荷台にくくりつけ
ついでにシロも連れていきました。

シロはいつもの散歩コースをどんどん先に行ってしまって、
私はその間にちょっと先の、通りの向こうのゴミ捨て場に立ち寄りました。

私がいないことに気付いたシロは探しに戻ってきて、
通りのこっちの私に気付いて
私のところへ来ようと道路に飛び出しました。
「あっ、ダメ!」と叫んだ時に乗用車が突っ込んできて、
目の前で跳ねられてしまいました。
パニックになった私はそのまま泣きながら家に帰ってしまって、
母といっしょに戻った時は、シロはもう息絶えてました。

なんであのとき、傍にいなかったんだろう。
まだ生きていたかもしれなかったのに
最期を看取ってあげられたかもしれなかったのに…
と、ずっと後悔していました。

その年の夏。
居間で父とTVで高校野球を見ていた時、
ふと開けっ放しの窓にシロの気配がしました。
庭に続くサッシの板の間に、鎖の届く所まで来て
窓があいてれば覗いていたんです。
その時、板の間に爪が「カツッ」と当たる音と
ハアハアという息遣いが聞こえました。

実はその一瞬、私はシロがもういないことも忘れていて
「ん?なに?」と振り返っていたんです。
もちろんそこにはなにもいませんでしたが、
次の瞬間に「あっ!」と泣きそうになりながら、
部屋にいた父に 「お父さん、今、シロが帰ってきた…」と言いました。
すると父が一言「実は、お父さんにも聞こえた」と言いました。

あの時、瀕死のシロを見捨てて行ってしまった私に、
会いに来てくれたんだ…許してくれてたんだ、と泣いてしまいました。


『水子がくれた光の玉』

私の母は私を産む前に2回流産しており、
3度目(私)も何度か駄目になりかけていたそうです。
妊娠4ヶ月頃の時もやはり体調を崩して流産しかけたらしいのですが、
その時、庭で二人の女の子が遊んでいる声を聞いたそうです。

その当時の我が家の立地条件から、
近所の子が庭で遊ぶなんて事は考えられないということで、
看病しに来ていた叔母に見に行ってもらったそうです。
そしたらその女の子達が、「妹が心配なの」とただ言っていたそうです。

叔母が母にこの話をしたとき、「もしや」と思ったそうです。
産めないまま水子にしてしまった子達ではないか、と。
その晩、母はこんな夢をみたそうです。
目元がよく似た二人の女の子が光る玉らしきものを抱えていて、

「自分達は生まれてもすぐ死んじゃう運命だったから、次の子に全部任せる事にしたんだけど、今のままじゃまた生まれてもすぐ死んじゃうからこれを渡したかった」

と言ったそうです。
そして、ぼうっと立ちつくす母に向かってその玉を渡したそうです。

その数ヶ月後に、母は未熟児でしたが無事女児を産みました。
これが私なんですが。
乳幼児の頃はかなり病弱だったそうなのですが、
2歳の時に病院でずっと、「お姉ちゃんがいる」と言っていたそうです。
(記憶はありませんが)
今19歳ですが、無事健康優良児で生きています。
きっと、姉二人が守っていてくれるんだなぁとしみじみ思いました。