『全く別の顔が左右にある男』

父が某電車で遭遇した人。

平日昼間に暇を持て余した父は、電車に乗って適当に下り方面に向かっていた。
乗客は自分と、斜め向かいの少し離れた座席に座り、顔を僅かに伏せている男性だけ。その男性の背後の窓から、夕陽に変わりかけた日差しが当たっていた。

男性が背後の窓の外を見るように、僅かに顔を父の方向へ向けた時、男性の顔が見えた。
父は視界の端に映り込んだ男性の顔に、違和感を覚えた。
何だろう、何か変だ、そう思い、目を男性に向けると、


男の顔は、真ん中がぼんやりとして、左右で全く違う顔だったらしい。


明らかに光の加減ではなく、全く別の顔が左右にあって、ふわふわとボヤけた真ん中で繋がっている。その真ん中のボヤけた感じはどうにも形容し難いという。とにかく、ぼんやりと陽炎のようにボヤけていた。

父は背筋に寒気を感じ、瞬時に目を背けた。

不気味に思った父は、目的もないけれど次で降りようと決心。
次の駅に着くまでに左右別の顔を持つ男が気になって気になって、しかし気付かれてはまずいと懸命に顔を伏せていたという。

そして電車が止まり、父は急いで、しかし怪しまれないように降りた。

ホームに降りた父が、ドアの閉まった車内をちらりと見やると、男がじっとこちらを見ていた。




『赤く光る地蔵の目』

子供の頃、母親のこぐ自転車の後ろに乗って、近くの海岸に行った。
夕焼けがきれいだった。
すっかり暗くなった帰り道、ふとみると道の塀のところに
ポツンとおかれたお地蔵様の目が、真っ赤に光り輝いている。

「おかあさーん、お地蔵様の目が光ってるよ」というと
「それはね、海で死んだ人の霊が悪いことしないように、見張っているんだよ」と教えてくれた。

・・・数年後、ふと思い出して母にそのことを話すと
「知らない。そんなこと言ってない」との答え。
確かに母は、霊の話などが大嫌いな人だ。
それに、よく思い出してみると
あのときの声は、あきらかに母のものではない、ドスのきいた男の声だった・・
俺は今でもそのお地蔵様の前を通るときには、手を合わせるようにしている。



『母:私は誰?』

高校生の時、ふと母と姉のことを考えていた。
その時、隣に座っている母が唐突に

「私は誰?」

と言い出した。
ジョークでそんな事を言う人ではないので、母が壊れたのではないかと気味悪くなり、
「お母さんよ!」と私が言い返すと、

「お姉さんかもしれない。」

と言う。
それだけなら冗談ですむのだが、その後これを3回繰り返した。しかも真顔で!
なんだか、この気味悪さが誰にも伝わらないのが残念。
ちなみに姉は生きてますし、今の母はいたって普通です。