浴槽

44 2015/10/17
俺が小学校に上がって少しした頃、親父と一緒に風呂に入った時に
「どっちが長く潜っていられるか競争するぞ」と言われて、せーので潜ったんだけど

20秒もしないうちに親父が上がった気配があったから
やけに早いなと思いながら俺も上がろうとしたら

突然すごい力で頭を押さえ付けられて、グッと沈められたのね。





訳も分からないし、苦しかったから思いっきり暴れたんだけど
親父が力を緩める様子は全く無し。

子供心に「これはヤバいんじゃないのか!?」と思い始めた時
おふくろがタオルと着替えを持って脱衣所に入って来たみたいで
それに気付いたのか、親父の力が抜けたのね。

「今だ!」って思ったかどうかは定かじゃないけど、
まだ頭の上にあった親父の手を払いのけて湯槽から飛び出さんばかりの勢いで上がり荒く呼吸をしながら親父の顔を見たら無表情なの。
何の感情もこもってないような目で俺を見つめて
だけど声だけは明るく、おふくろと何か話してる。

俺は恐怖と混乱で、おふくろに助けを求めようにも声は出ないし
息をしてるはずなのに苦しさが増していくようで、体を動かすことも出来ずにいたんだけど
話が終わったのか(実際は二言三言だと思うが、俺には長く感じた)

おふくろが脱衣所を出て扉を閉めた瞬間、親父がいつもの顔に戻って
「そろそろ上がるか」って笑顔で言った。

不思議なことに、その笑顔を見た瞬間に恐怖と混乱は嘘のように消え去り
呼吸も落ち着いて、体も動くようになったんだけど
そのあと脱衣所で親父に頭を拭かれながら
「もうお父さんと風呂に入るのは卒業だな」と思ったのを覚えてる。







引用: ゾッと怖い話