1
華々しいローマ帝国
数々の英雄を生み出したローマだが中にもそりゃどうしようもない皇帝もいました

てことで一般的に愚帝と評される皇帝たちを紹介していこう、
すでに書き溜めてあるのでさくさく投下していくよ



2
カリグラ 在位AD37-41

ローマ帝国第三代皇帝
現存する殆どの資料で狂人と称される皇帝。

堅実で徹底的な緊縮統治を行った前皇帝ティベリウスは国民に大変不人気であった為、
24歳でこれと言った実績のないカリグラを国民は一丸となって歓迎した。

しかし蓋を開けてみれば彼の統治は散々なものであった。



4
カリグラは度を越した散財癖により前皇帝が蓄えた国家予算は僅か数年で底を尽く
当時溺愛した愛馬を国の重要な役職に就けようと画策、自分を神と称し元老院との対立、
領土を拡大する目的で同盟国の統治者を一方的に処刑、
など挙げれば切がないほどの悪行を積み重ね最終的には近衛隊によって暗サツされる。



5
因みにカリグラという名は愛称であり、彼が子供時代に履いていた小さな軍靴からきている。
子供時代を父と共に前線で過ごした彼は、甲冑から軍靴まで特別仕立てのミニチュア軍装を身に着けていた為、
軍団兵から大変愛され、マスコット的な存在であった。子供の彼の存在によって軍団兵士による反乱が収まったほどである。

そして一説によれば彼を暗サツした近衛隊は子供時代のカリグラと前線で共に過ごした兵士であったという。
彼らの心境が如何程のものだったのかは計り知れない。





6
ネロ 在位AD54-68

ローマ帝国第五代皇帝
ネロは芸術をこよなく愛しすぎた皇帝である。

僅か18歳で皇帝となった彼は序盤は優秀な人材のサポートもありうまく行っていたが
その後は母、妻、弟の殺害、ネロの師とも言える存在であるセネカを粛清し自サツを命じるなど彼の狂気的な面が目立つようになる。



7
彼は芸術家に過剰なまでの憧れを抱いており
自分が歌手となり数千人規模の民衆を集めたコンサートを頻繁に開催したことでも知られる。
しかし、彼のコンサートはあまりにも退屈だった為、塀をよじ登ってまで逃げ出そうとする人間が後を絶たなかった。
そこでネロは例外なく外に出ることを禁止したが、今度は氏んだ振りをする者や産気づく女性が続出したという。

曰く、ネロのコンサートを抜け出すには三人必要だ、死人が一人とそれを運び出す二人である。

四年に一度開催されるオリンピア祭に対抗し五年に一度開催されるネロ祭を創設した。



8
最終的に反ネロに立った属州総督が次々に反乱を起こし、追い詰められた末に自サツした。
ネロの最後の言葉は「これで、一人の芸術家が氏ぬ」だったといわれている。彼は死の瞬間まで芸術家だったのである。
そして、彼の死より後のローマ帝国は内乱の時代へと突入していくことになる。

また、彼は最初にキリスト教徒を処刑した人物でも知られており、その影響で現代では一番有名な皇帝とも言われている。
ここまで書いておいてあれだが彼の悪評には賛否両論あり、キリスト教徒による過剰なネロ下げも度々指摘されている。



11
コンモドゥス 在位AD180-192

ローマ帝国第十七代皇帝
剣闘をこよなく愛した剣闘士皇帝

五賢帝の一人に数えられる父マルクス・アウレリウスとは対象的に暗愚として知られる。
僅か18歳で皇帝となったが、間もなく実の姉による暗サツ未遂事件が発生、事なきを得たコンモドゥスだったが、この一件で周囲の忠誠を疑った彼は大粛清を決行。
無関係の者までもころしまくりこれを機に元老院とも対立を深めるようになる。



13
それからは政治を放り出し剣闘試合に没頭し、自らをギリシア神話の英雄ヘラクレスの化身と自称した。
皇帝自ら剣闘士となり、闘技場では獣や剣闘士を打ち倒したという。

191年に起きた大火災の折、彼は都市ローマの大改革計画を実施し、再建予定地全てに自らの名を冠した地名を名づけ、陸軍、海軍も自らの名を冠した名称に変更した。
しかし最終的には部下によって暗サツされその生涯を閉じる。
剣闘によって鍛えられた彼は武器を取らせては大変な使い手だった為、浴室で暗サツされたと言われている。
しかしそれでも、鍛えられていただけあって中々氏ななかったようである。



16
ディディウス・ユリアヌス 在位AD193-193

ローマ帝国第十九代皇帝
帝位を競売で勝ち取った皇帝。

コンモドゥスの死後、後継者が定まらず混乱したローマ帝国内で前代未聞の帝位競売が行われる。
競売は当時、絶大な権力を誇っていた近衛隊により主催された。

最終的に帝位を勝ち取った彼だが、競売を醜聞と見做していた民衆から批判を受け、それは間もなく将軍達の反乱を招くことになった。
最終的に近衛兵によって暗サツされる、在位期間は一年にも満たない短いものとなった。



23
>>16
これ別に本人は悪くないんじゃないか?…


25
>>23
自ら進んで帝位競売に参加した厚顔無恥さが決め手となりました



28
>>25
えぇ…じゃあ誰が競り落としても自動的に愚帝になっちゃうじゃん…


30
>>28
まあなw
帝位競売と言う珍事件を取り上げたくて・・・



17
カラカラ 在位AD209-217

ローマ帝国第二十一代皇帝
とにかくころしまくる虐殺皇帝。

当初は弟であるゲタと共同統治の形を取ったがすぐに対立。
実の母親の前で弟を殺害し、権力を確立した。
彼の弟への敵意は凄まじく、殺害後、ゲタをダムナティオ・メモリアエ(名誉の抹殺)に処している。
これによりゲタはその一切の存在が無かったものとして、あらゆる彼の痕跡は抹消された。



18
この一件を受け、エジプトの都市アレクサンドリアでは皇帝が殺害を正当防衛だと主張したと揶揄するような詩が流行した。
これを聞きつけたカラカラはアレクサンドリア市民の誤解を解きたいと提案し、弁明を聞きに集まった民衆を虐サツした。

そのほかに自身の劇場や別荘を建てる費用を賄うために重税を課すなど様々な悪政を行った。
元老院議員は粛清を恐れ、カラカラの機嫌を損ねぬよう彼のご機嫌を取る日々を送っていた。

最終的に近衛兵により暗サツされる。一説では立ちション中に暗サツされたとも言われている。



24
ネタ元は皇帝伝?
それ以降の人も居るみたいだけど


26
>>24
色んな資料から引用しまくってる
うる覚えで書いた部分もあるから話半分に受け取っておくれ



29
からからって、市民権与えた人?


31
>>29
そうだね
あれも類を見ない失策だ



33
>>31
アントニヌス勅令?
ま、身分制してたほうが良かったのはある
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アントニヌス勅令


34
>>33
そう
彼なりの一案はあったようだけど全部裏目に出てしまった



32
ホノリウス 在位AD384-423

西ローマ帝国初代皇帝
実質的にローマ帝国の終焉を招いた愚帝。

テオドシウス帝によってローマ帝国が東西に分割されその西側の帝国を引き継いだ。
当時のローマ帝国は蛮族による度重なる侵略に悩まされていた。
しかし彼は政務に一切の関心を示さず、各地で反乱が起きまくるもひたすら引き篭もる。



38
>>32
挙句ぎりぎりの所で西ローマ帝国を保っていた忠臣スティリコを処刑してしまう。
曰く、ホノリウスが長い在位中に自ら決断した事柄はたった一つ、それはスティリコの処刑である。
スティリコを失った西ローマ帝国は当然、蛮族に蹂躙され続ける事となった。

遂には都市ローマが蛮族に蹂躙された際の逸話が残っている。
当時鶏を飼う事を趣味としていたホノリウスは、鶏に「ローマ」と名づけていた。
都市ローマ陥落の際、使者からその報を聞いたホノリウスはローマならここにいるではないかと不思議に思ったと言う。
鶏と都市を勘違いした彼は、使者の説明によりようやく事の次第を理解したといわれている。



35
薔薇の処刑とかやってたのどいつだっけ


37
>>35
ヘリオガバルスだな



42
>>37
あー、そうなんか
ライチで見たなと思って
部下にトイレでころされたって書いてあったけど


36
軍人皇帝時代の皇帝はほぼほぼキチしかいないよね


40
以上、あっという間に終わってしまった


43
今回は悪い皇帝ばかり紹介したけど
誰もが憧れるような魅力的な人物のが多いからね!



44
ヘリオガバルスのそうした逸話って実話なの?なんか諸説あるとかなんとか聞いた気がするが


48
>>44
まあどうでしょう、全部が真実なわけではないと思うけども



45
ローマ史好きからしてグラディエーター系の映画はどう思うの


51
>>45
単純にエンターテイメントとして好きだな俺は



50
ディオクレティアヌスでねーなーって思ってたらテトラルキアやってたな
あれは結局成功だったのか?


58
>>50
一定の成功は収めてはいると思う



61
ネロとかカラカラ帝って世界誌に載るレベルだからどんなやつかと思ったら
案外そのレベルがポロポロいるんだな


62
>>61
ネロなんかは意見が別れる
外交では一定の成功を収めているのも事実だし
ホノリウスやカリグラなんかのガチの奴らと比べるとまだ救いようはあるかも知れない



63
>>62
教科書に載るのは何にしても大きな変動をもたらした皇帝なのか
その上で色々とまずいことをしたかどうかで紹介のされ方が変わると
ホノリウスなんて何もしてないしな


67
>>63

あのへんは日本に良く似て面白いと思った。

江戸時代とかさ、前~中期あたりまでは将軍様が活躍したのに後期は(外から来た慶喜を除いて)将軍じゃなくて
周囲の人間が色々やってたんだよな。享保の改革は将軍様が率先してたのに、残り2改革は側近(老中)て


65
>>63
そうだね、後の世界に影響を与えなければ教科書には載らない
しかし教科書に載るはずのないヘリオガバルスなんかが一番インパクトあったりするから歴史は面白い



68
>>65
中国史の煬帝なんかも悪帝とされつつやったことが大規模で教科書に乗ってるからな
国民使って運河掘らせるとか馬鹿かと思ったわ


69
>>68


中国史とかすごいな。
他所の歴史と比較できる知識あるとやっぱ楽しいんだろな(´・ω・`)


64
>>62
ネロが低評価なのに、嫁さんの尻に敷かれたユスティニアヌスが高評価て
外国人さんの考えはわからんw


66
>>64
ユスティニアヌスはローマ法大全が後世に影響与えまくってるし
ローマ復興もインパクトがでかいからねー



71
時間も遅いし俺はこの辺で
また気が向いたらスレ立てるかもしれないけどそのときはよろしく
楽しかったよありがとう



72
>>71



74
おつ~







引用: ローマ帝国の愚帝をひたすら紹介していく