おうまがタイムズ

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    ミステリー

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    サウジアラビアの砂漠地帯に、古代に造られたとみられる用途不明の石の構造物が400近くあるのを、オーストラリア人の研究者が米グーグルの衛星写真を利用したサービス「グーグルアース」を使って確認した。オーストラリアのメディアなどが13日までに伝えた。

     ウエスタンオーストラリア大のデービッド・ケネディ教授によると、9千~2千年前に造られたとみられる。古代の火山の溶岩原にあり、地上から見てもよく分からないが、150メートルほど上空または衛星レベルの高度からだと、門が地面に横たわったように見える長方形だ。長辺が最大約500メートルに達するものもある。

     場所はサウジ西部メディナの北方百数十キロ。遊牧民ベドウィンの祖先が造った可能性があるが、住居や動物を捕獲するわな、遺体置き場などにも見えず、目的や機能は不明という。

     ケネディ氏は40年以上、ヨルダンで遺跡の発掘に携わっており、遺跡に興味のあるサウジの医師が「グーグルアースで奇妙な構造物を見つけた」と連絡してきたことがきっかけ。ケネディ氏は「これまで見てきたどんなものにも似ていない」と話している。(共同)

    地上から撮影したサウジアラビアの砂漠にある石の構造物(ウエスタンオーストラリア大のデービッド・ケネディ教授提供、共同)



    サウジアラビアの砂漠で見つかった石の構造物のグーグルアースによる衛星画像



    配信2017.11.13 17:52
    産経ニュース
    http://www.sankei.com/world/news/171113/wor1711130029-n1.html

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    2017年11月12日

    3万7千人が蜂起した日本最大の農民一揆「島原・天草の乱」を率い、カリスマ的な指導力を発揮したといわれる天草四郎。
    しかし近年、そうした人物が本当にいたのか、乱の実態は農民主体だったのか、などの疑問が提起されている。

    天草四郎は実在しなかった? 落城後、届けられた首多数
    http://www.asahi.com/articles/ASKC83F1KKC8ULZU005.html




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    1 2017/11/07(火)
    100万回以上のコンピュータシミュレーションで分かったこと。

     何がネアンデルタール人を絶滅させたのか。これはいまだに大きな論争の的だ。
    最新の研究によれば、その答えとしてはさまざまな要因が考えられるものの、ネアンデルタール人はいずれにせよ絶滅する運命にあったという。

     進化論的に私たち現生人類に最も近い存在であるネアンデルタール人は長期にわたり欧州やアジアに生息していたが、 アフリカで現生人類が誕生した後、約4万年前に消滅した。

    ネアンデルタール人が絶滅した理由についてはこれまで、気候変動や感染症の影響であるとする説や、 知能や文化面で優れていたであろう現生人類との競争に敗れたとする説など、さまざまな仮説が提唱されてきた。

     今回の新しい研究の狙いは、「こうした各種の仮説に反論することではなく、
    そもそもネアンデルタール人は特別な原因がなくても絶滅していた可能性があると示すことにある」と スタンフォード大学のオレン・コロドニー氏は語る。

     コロドニー氏と同僚研究者のマーカス・フェルドマン氏は10月31日に学術雑誌『Nature Communications』で論文を発表し、自分たちのアプローチを紹介した。

    両氏は、ネアンデルタール人と現生人類のそれぞれ複数の小集団が欧州やアジアの各地に生息していたという想定で コンピュータシミュレーションを実施。そうした小集団のうち、無作為に選ばれた一部の個体群が絶滅し、 同じく無作為に——絶滅した個体群の種とは無関係に——選ばれた別の個体群に置き換わるというシミュレーションだ。

     シミュレーションは、どちらの種にも先天的な能力差はないとの想定で実施されたが、両者には1つだけ決定的な違いがあった。
    それは、ネアンデルタール人とは異なり、現生人類はアフリカから移住してくる増援隊によって常に補充されるという点だ。
    「巨大な波というよりも、むしろポツリポツリとした極めて小規模な動きだ」とコロドニー氏は語る。

     それでもネアンデルタール人と現生人類の比率をひっくり返すには十分だった。
    さまざまな想定の下でシミュレーションを100万回以上実施したところ、大体はネアンデルタール人が絶滅するという結果になったという。

    (略)

    ITmedia NEWS
    http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1711/06/news078.html



    【【歴史の運命】100万回以上シミュレーションした結果、ネアンデルタール人は絶滅する運命だったと判明】の続きを読む

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    あるAnonymous Coward曰く、
    今年2月、米プロバスケットボールリーグNBAに所属するカイリー・アービング選手が「地球は平ら」と発言したことが話題になった(NBA Japan)。
    また、ラッパーのB.o.Bは地球が平らであることを確認するために人工衛星を打ち上げる、として先月からGoFundMeで100万ドルの寄付を募っている(The Verge)。
    その後アービング選手は地球が平らなことを信じていないと釈明しているが(The Ringer)、これ以外にも地球が丸いことを信じていない人は今でも少なくないという。

    (略) 

    彼らの主張によると、NASAの写真は切れ目の部分が不自然に加工されており、背後にはフリーメイソンの暗躍があるという。

    (略)

    余談だが、日本や欧米では中世ヨーロッパの「地球平面説という神話」がはびこっているが、コロンブスの頃でも現代と変わらず球体説が常識だった。
    キリスト教世界においてもローマ法王が地球儀を設計したりしたほか、ザビエルが日本に大地球体説を伝えたのもガリレオ裁判より1世紀早い。
    革新的だったのはアリスタルコス・コペルニクスの地動説であるが、両者は混同されてしまっている。

    少なくとも日本の庶民階級は江戸時代でも球体説に馴染みがなく、戦国時代の宣教師は長崎でサクロボスコの天球論(天動説+球体説)の講義をしていたのが明らかになっている(平岡隆二著:ゴメス「天球論」の成立と構成)。

    詳細はソース先で
    「地球平面説」、信奉者の勢力拡大中 | スラド サイエンス 2017年10月28日
    https://science.srad.jp/story/17/10/27/073236/



    【【背後にはフリーメイソン?】「地球平面説」 信奉者の勢力拡大中 プロスポーツ選手やラッパーも】の続きを読む

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    WIRED 2017.10.26 THU 08:00

    TEXT BY VIOLA RITA
    TRANSLATION BY TAKESHI OTOSHI PHOTO: Gabor Kovacs/123RF
    https://wired.jp/2017/10/26/new-mystery-of-easter/

    古代の住民の遺骨の遺伝子を分析したところ、南アメリカの住民との接触の痕跡は見つからなかった。

    これらの人々は、いったいどこからやってきたのだろうか?

    イースター島は、現地語でラパ・ヌイという。
    南太平洋の小さな孤島で、その巨大なモアイ像で有名だ。

    ラパ・ヌイの古代の人々のDNAを分析したところ、島に最も近い大陸である南アメリカの住民たちとの繋がりが、少なくとも古い時代においては何も見られなかったのだ。
    今回の研究の結果は「Current Biology」に掲載されている。

    カリフォルニア大学サンタクルーズ校の主導による研究は、同じ雑誌に掲載された過去の証明を否定している。これは反対に、アメリカの住民とイースター島の住民との間に遺伝的接触があったと指摘していた。しかし、この接触の仮説は科学者の間で長く議論の的となっていて、論争はいまも行われている。

    ラパ・ヌイの人口は約5,700人で、76パーセントがポリネシア系、16パーセントがヨーロッパ系、8パーセントがネイティヴ・アメリカン系で構成されている。しかし、アメリカ系はいつイースター島にやって来たのだろうか? 接触は、ヨーロッパ人がラパ・ヌイを発見してやって来たより前にあったのだろうか?
    これが、研究者たちの立てた問いだ。

    そこで研究者たちは、ラパ・ヌイの住民たちの遺跡の骨のサンプル、特に肋骨の分析を行った。調査では、ヨーロッパ人の島への上陸に先立つ時期にさかのぼる遺物やこの年代の後の遺物が対象となった。

    全ての断片の分析からは、アメリカ系との遺伝的繋がりは見つからなかった。少なくとも文化的レヴェルでいくらかの交流があったことを排除することはできない一方で、こうした接触が短く表面的だったかもしれないことを研究者たちは示した。遺伝的痕跡を何も残していないためだ。

    実際、オランダ人のヤーコプ・ロッフェヘーンによる島の発見と最初の上陸は1722年のことだった。しかし、研究の著者たちが説明したように、南アメリカの住民との重要な接触は、何年もあとになってようやく生じた。実際、研究者たちによると、両住民間の本当の交流は、ネイティヴ・アメリカンのグループが現在島にいることを基にすると、19世紀頃に生じたとされる。

    いま、研究者たちは調査をオセアニアの古代の住民たちや、イースター島により近い南アメリカ西側のその他の個体に属する遺物のサンプルへと広げることにより、研究を深めようとしている。すべては、いつ住民たちが相互交流し、互いに混じり合ったかをよりよく解明するためだ。

    (略)

    【【考古学】イースター島の古代住民は、DNAに「南米の痕跡」が一切なかった 研究結果から判明 】の続きを読む

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